2016年7月12日火曜日
2016年7月11日月曜日
原子力発電は禁止されるべきか / チョウ
原子力発電は産業社会の先進な技術であり、世界31の国や地域に利用されてエネルギーを提供する。アメリカは最も多くの量の原子力発電を行って、国内の総電力の19.4%を占める。そして日本国内の電力量の約29%は原子力発電である。(“原子力発電の歴史”. 神戸大学環境サークル)
その一方で、原子力発電は核エネルギーに関する、深刻な環境問題を引き起したこともある。福島における原発事故は、地震と津波による長時間の電力の供給が切れてしまい、原子力発電所の設備が壊れており、最終的に爆発に至った。放射性物質が大量流出し、環境も人も危害を加える。それから、原子力発電は禁止されるべきかという話題は世界中に論争を巻き起こした。
原子力発電は禁止されないほうがいいと私は考える。その理由は4つある。
第一に、福島の件では、人為的な原因も忘れてはいけない。福島第一原子力発電所が建てる前に、津波に襲われる危険があることを知っていてもやめる気がなく、発電所を建てた。それに、爆発が発生した直後、管理の混乱と各部門の協調性の欠如が事態を悪化させた。この事故を教訓として、もっと完備な危機対応の措置を作ると、原発事故の被害が最低限に抑えられる。
第二に、原子力発電は社会発展の不可欠な手段である。人類社会の発展は、電力は非常に重要なものである。電力不足が産業と社会に与える影響は素人でも予想できるものである。資源は有限なので、持続可能な発展を目指すとすると、新しいエネルギーで発電することが必要となる。原子力発電もその原因で発明される。日本の総発電電力量の30%近くは原子力発電によるものである。もし原子力発電をすべて禁止されたら、その無くなった30パーセント分の電力もほかの方法で補わなければならない。それは資源が少ない日本にとっては難しいことである。
第三に、原子力発電のコストはほかの手段より安くて、環境汚染も少ない。原子力発電は大量の電力を生み出すことができるため、発電量当たりのコストが安いという特徴がある。火力発電の最大のデメリットは二酸化炭素の排出である。二酸化炭素は地球温暖化の原因になる。また、大気汚染の原因となるほかの有害物質も排出する。一方、原子力発電ではないというメリットがある。原子力発電は火力発電より二酸化炭素の排出量が少なく、水力発電に比べて環境の改変する必要もなく、環境にとってとても清潔なエネルギーである。
最後に、原子力発電は技術力のアピールになる。人間の科学技術の進歩には常にトライやエラーの積み重ねである。失敗したから止めるなら、進化は期待出来ない。だから原発事故を防止するため、根本的な解決方法は原子力発電を禁止するのではなく、もっと先進と安全な技術を開発することである。原子力発電所の安全レベルをアップして、職員もきちんと教育して、非常事態にも対応できるのは今後の目標であろう。
以上のことから、わたしは原子力発電を禁止されないほうがいいと思う。
2016年7月10日日曜日
現代の若者の問題:書き方が消えているか・ジェームズ・マクチェスニー
現代の若者の問題:書き方が消えているか
15x4122 ジェームズ・マクチェスニー
技術がいつも変わっている。その技術で、言語と言語の利用の方法も変わっている。その変化の中では色々なことが起こっている。このごろ、多くの人は携帯電話やスマートフォンを利用しているので、言語と伝え方が変わっている。特に若者はスマートフォンで連絡して、メッセージして、あまり手で書かない。それで、自分の書き方が汚くなって、漢字の書き方を忘れて、漢字の文化も忘れるかもしれない。
まず、若者はよくスマートフォンを利用して、あまり手で日本語を書かないので、書き方が汚くなる。このごろ、連絡するとき、手紙を書かなくてもいい。電話やパソコンやスマートフォンで連絡できるからだ。学校でも、よく宿題やレポートをパソコンで作る。確かに、これは便利だが、いつもこの技術を使って、手で書かないので、自分の手書きが汚くなる。私もこの問題があって、これは日本人に対する問題もあるかもしれない。もし手書きが下手になったら、仕事でも問題があるかもしれない。他の人の手書きが読めないし、速く書けないし、特に漢字は難しい。
次に、漢字をあまり書かなかったら、漢字の書き方を忘れる。パソコンやスマートフォンではひらがなを入力して漢字が選べる。これは便利だが、確かにまだたくさん漢字が読めるが、書かないので、漢字の書き方を覚えないかもしれない。私は色々な日本人に「携帯を使うので漢字の書き方を覚えない?」と聞いて、時々日本人は「はい」と答えた。確かに、他の人は「いいえ」と答えたが、この問題が増えているのではないだろうか。
さらに、漢字は長い歴史と文化があるので、もし日本人は漢字の書き方を忘れたら、その文化も忘れるかもしれないので、もったいない。漢字を勉強するとき、漢字の色々な話も習う。その話はすごく面白いので、もし日本人はその話を忘れたら、その文化の部分は消えるかもしれない。
確かに、この事態あるが、解決があるだろうか。今、そんなに問題ではないが、時間が過ぎて、未来に、この問題がもって増えて悪くなるかもしれない。世界中では手書きとパソコンで連絡するので、両方が必要だが、もしパソコンと携帯で全てをしたら、手書きが必要だろうか?でも、私は手書きも未来に必要だと思う。必要だが、解決方法が分からない。これは技術と言語の変化なので、解決はそんなに簡単ではない。このごろ、タブレットPCに手で書ける。その機械を使ったら、漢字を忘れない。もし、そんな技術が増えたら、この言語の問題は消えるかもしれない。
2016年7月9日土曜日
文明の発展は真にいいものだろうか / キムヨンリブ
文明の発展は真にいいものだろうか
16X4115 キムヨンリブ
21世紀、友達がいくら遠くにいってもお互いに話せるし、全世界で何が起こっているのか,家にいてもすぐ分かる。このように科学や技術、経済の発展に基づいた社会の中で人間はものすごく便利な生活ができるようになった。しかし、これが真にいいものだろうか。私はいいものではないと思う。
確かに文明の発展のおかげで私たちの生活は潤沢になった。まず、パソコンと電話によって遠くに住んでいる友達とも話せるし、世界のいろいろな情報も知ることができるようになった。また、医療の発展によって人間の寿命が長くなり、さらに機械やロボットの発展で人がしにくい精密な作業もできるようになった。
だが、文明の発展によって起こる問題も多い。まず、電話のせいで直接会う時間が減って人に対する温かさがなくなっているし、パソコンだけをたよりする人も多くなりつつある。また、医術も間違って使ったらクローン人間などの倫理的な問題も招くことになる。さらに、ロボットの発展のせいで多くの人が仕事場を失っているし、発展のために起こる環境破壊と貧富の格差も広がっている。
このような発展により、現在と100年前の生活は確実に異なっている。だから私たちは幸せで、昔の人は不幸だろうか。私は違うと思う。確かに文明の発展で便利な生活ができるようになった。しかし、このような発展が生きるために必ず必要なものだろうか。これ以上の発展はむしろ人類を害する要因になるだろう。それゆえ
、これ以上の発展よりもこれまでの発展による深刻な環境問題や極貧と飢餓、そして深刻化されていく宗教的な争いを先に解決して世界の平和や人々の幸福のために力を尽くしたらいいと思っている。
以上のことから、私はこれ以上の発展は必要ないと思う。
2016年7月8日金曜日
オタクというのは。
ヒープロレンツ
オタクという言葉を聞く度にほとんどの人はアニメオタクのイメージと考えるかも知れない。しかしオタクというのは様々な種類がある。日本と海外ではそういうった言葉の意味やイメージは違うと思う。
日本でオタクとは大衆文化の愛好者という意味だ。つまりアニメやゲームやアイドルなどの愛好者だ。よく使われる意味はオタクだ。さらに日本でそれぞれの趣味で別の名前があるがほとんどの人はそれらを総称してオタクを使う。海外でオタクという言葉も使う。だが海外でそういう言葉の意味とはアニメが好きな人しかない。アニメを見る人とアニメ愛好者とはオタクという言葉に対応する。海外で「weeaboo」という言葉も使う。言葉には意味が二つある。辞書で「日本が大好きで、日本人になりたいという訳だ」。だが他の意味もある「アニメが大好きな人、フィギュアを集めて、ポスターかタペストリーを買って、毎日アニメを見ている人だ」。「weeaboo」に対する、オタクとはアニメを見る人だけかも知れない。「weeaboo」と日本のオタクという言葉の意味は同じだ。私は「オタク」か「weeaboo」という言葉を使うが海外の友達に対してだけ使う。
日本でオタクに対して悪いイメージが付く。ドラマやアニメなどはオタクの明確なイメージがある。アニメではオタクは太くて、眼鏡かけて、変態や引きこもりのイメージもあるが男のイメージもある。海外できそう思うが私達もオタクも嫁「ワイフ」がいると三元世界に興味がない人だ。海外のほとんどの人は多分知らないのはオタクに特別単語と言葉がある。例えば「だよ」は「だお」になるそういう感じだ。日本でもそういうイメージもあるが海外の方が、そのようなイメージの方が強いと思う。オタクというのは海外より日本の方が悪いイメージが付いていると思う。もし外国人は日本人にアニメが好きと言ったらその日本人は君はオタクと言うかも知れない。だが他の日本人に同じ言葉言わないかも知れない。悪いイメージが付いたので、友達とあまり使わない。海外オタクという言葉はちょっと冗談だが日本では違うと思う。だからこそ、外人は私はオタクと言う人が多いと思う。日本ではあまり聞かない。一番聞くのはヲタ、アイドルが好きな人、だが鉄道オタクかオタクはあまり聞かない。オタクに対して引きこもりなイメージあげられる。だからこそ私はオタクと聞かないと思う。
オタク差別はあまり見ない、日本であまり聞かないがオタク差別がもちろんある。もし海外では私はオタクを言ったら時々人は馬鹿にされるかも知れない。オタクはお宅に由来するかも知れない、だからこそ引きこもりのイメージにあげられると思う。最近日本で付き合わない人が増えたことをオタクのせいにした。失礼と思うが誰のせいにもしない。オタクと引きこもり関係が絶対あっても、引きこもりじゃないオタクも多いとおもう。私はオタクであり、外に出かけたりと、オタクでない部分もあるので「リア充」だと思う。
日本と海外のオタクを言うとき、別々のイメージを想像すると思う。悪くても、悪くなくても気を付けてください。日本人のオタクという言葉は失礼かも知れない。
男女不平等な問題
現在、社会には、様々な問題が存在している。その中で、男女の不平等な問題は深刻だと思う。もちろん、性差別の問題は、日本だけではなくて、世界中の色んな所に存在している。これから、私が知っている男女不平等な問題について説明する。
まず、教育に関する男女不平等な問題についてである。
昔、日本も、中国も、男性が学校に行くことができるけど、女性が行くことはできなかった。その理由は女性にとって、教育などの必要がないと言った。現在、そのようなことはほとんどなくなったが、ほかの現代社会の問題がある。例えば、現在、学校の学生代表やクラスの班長などは、ほとんど男性だ。先生の方はいつも男性のほうが、もっとリーダーシップがあると思っている。。それはリーダーシップが強い女性にとって、不平等だ
しかし、教育の過程は人の考え方を育てる過程だと思っている。もし先生の多数は「男性が強い、女性が弱い」という考え方を持ったら、無意識に学生たちに伝え、影響を与えている、学生もそのような考え方を持つようになる。このような悪循環を引き起こす、男女の平等問題が解決しにくい。だから、教育は問題を解決できる鍵と思う。
次に、仕事に関する男女不平等な問題についてである。
仕事を探す時の求人情報からである。昔の求人情報はいつも直接に「男性に限る」や「男性の月収は20万円、女性の月収は18万円」などが書いている。それは直接的な不平等だ。今の求人情報は、いつも「性別不問」を書いて、表面は男女平等を達成できだが、もし本当に達成したら、なぜ「性別不問」と書くのか?実は人々の考え方まだ変わっていないと思う。
職場には入ったあと、色んな問題もある。例えば、もし一人の女性の働く能力が男性よりもっと強ければ、「野心的な女の人」と言われる場合もある、それは「野心的な男の人」と全然違う意味だ。男性の場合は、野心を持って、すごい人という意味だ。女性の場合は、野心を持って、仕事を重視しすぎ、ちょっと優しくない感じがある。
また、私が去年読んだ本から知ってる情報:世界中の女性の平均薪水は男性よりまだ低い、その時、アメリカの両性給料の割合は77:100だ。
最後に、生活に関する男女不平等な問題についてである。
今の女性は結婚の後、家を出て社会に入り、仕事をするということが重要な意義を持つようになる。しかし、現実は結婚した女性にとって、社会進出を阻む障害物が多く存在する。
例えば、女性は結婚や出産のために仕事を辞め、しかし、再就職の時、もっと厳しい入職面接や条件などを要求する。結婚した女性はいつも「家庭と仕事の両方、どうやってバランスをとりますか」と聞かれる、しかし、結婚した男性は、このような問題はほとんど聞かれることがない。それは二重基準ということだ。
私は大学の二年生の時、この問題に注目した。女性の私として、関心を持って、たくさんの本を読んだ。この問題は長い歴史で存在しているので、昔からの残る考え方と思う、一瞬に解決されることはありえない。しかし、教育は問題解決の元だと思っている、家庭教育も、学校教育も子供に正しい考え方の範を示す、子供から自然に正しい考え方を受けられる。この問題は少しずつ解決されられると思う。
冬にスカートをはくこと / オウ クンキ
冬にスカートをはくこと
オウ クンキ
日本の女性は、冬でもスカートをはく。初め見た時は、不思議だと思ったが、羨ましい。私は寒さが弱いから、毎年の冬は厚着をする。でも、厚着をすることも実に嫌だ。
女性だけでなく、子供もそのようにする。冬でも半ズボンとスカートをはいている子供も多い。日本人の体質は、寒さが強いと思う。
しかし去年の冬、北海道に行った。吹雪の日でもスカートをはいていた女の子がいる。あの子は彼氏と一緒に歩いていた、足は真っ赤になった。その状況を見ると、彼女実は寒かったと思う。
インターネットで調べると、冬にスカートをはく理由が多種多様だ。
まず、薄着をするは昔からの習慣。昔の日本では、袴はとても高かった。武士はよくはいていたが、普通の人間とか、農民とかは浴衣しか着ていなかった。黒澤明氏の映画「用心棒」に浪人は袴をはいている、銃を使う親分は浴衣を着ている。親分は浪人に切りつけられた時は、白い足があらわになった。私に対して深い印象を残した。映画の中に、ごろつきは全部袴をはいていない。浪人は火を燃やして、暖めさせてくれるの画面で、もう冬になっていた。ある人は長い靴下みたいなものをはいている、袴より、浴衣はやすい。
そして、人類の進化で有利である
中国では、昔から「春は厚着、秋は薄着」の諺がある。意味は、健康のために、春は温かくなっても厚着をする、秋は寒くなったでも薄着をするほうがいい。でも、「春は厚着」を重視する、「秋は薄着」を気にしない人が多い。祖母や祖父は子供に厚着をする。寒い時、子供は風邪をひきやすい。
昔の人は冬でも薄着をする。これはゴリラから人類までの進化歴史が決めた自然法則である。自然の法則を違反すると懲罰を受ける。よくももひきとババシャツを穿くと耐寒力が低下するになる。
最後、ヨーロッパからの影響だと思う人もいる。
啓蒙活動の時、フランス人のルソーは「若者はもっと少ない服を着るほうがいいと思う。」と話した。
「エミール」で、「ほとんどの時間に外に活動をする人は、よく薄い服を着るほうがいい。これは空気とか温度とか、様々な変化を慣れるために、体の調子は悪くならないようにする...将来、私のエミールもきっとそのように続く...彼は労働者のように冬でも夏の服を着ている。ニュートンナイトはこの冬でも夏の服を着ている習慣を一生に続けて八十四歳まで生きていた。」と書いている。
ヨーロッパの他のところもその思想に影響を受ける。19世紀後の青少年もほとんど短いズボンをはいている。
しかし、冬に薄着をする欠点もあると思う
まず、関節炎、リウマチなどの病気になりやすい。若いから、今は大丈夫だと思っているが、年をとると、体に良くないかもしれない。
次に、女性の美容にっとて、寒いと血の流れが悪くなり、顔色が悪くなる。血の流れがよくなれば、どんな化粧品よりも効果がある。
最後に、寒い日に薄着をする、凍傷になりやすくなる。
女性は美しさのために、よくスカートを穿いている。これはいいことであるが、薄すぎないほうがいいと思う。昔からこの習慣があるから、今の人も耐寒力が強い。子供の強靭の意識を育成することにとって、いい影響もあると思う。でも、吹雪の日はズボンを穿くほうがいいと思う。見るだけで、自分もこの寒さを感じられるそうだ。体のために、極めて寒い日にもっと厚い服を着るほうがいいと思う。
少子化の現状と改善策/ リンビクン
少子化の現状と改善策
リンビクン
現在、日本と台湾では少子化が進行している。少子化というのは、総人口に占める子供の人口の割合が低下すること。高齢化と相まって様々な悪影響が引き起こされている。日本に対して社会的だけではなく 、経済的な問題になる恐れがある。
少子化の原因については次のように述べられている。晩婚化の進行等による未婚率の上昇がある。その背景には、結婚に関する意識の変化と併せて、固定的な性別役割分業を前提とした職場優先の企業風土、核家族化や都市化の進行など、仕事と子育ての両立の負担感が増大していることや、子育ての負担感が増大していることがあるものと考えられる。
少子化の影響が次のように述べられている。まずは、社会的な影響である。単身者や子どものいない世帯が増加し、少子化が進行していて、社会の基礎的単位である家族の形態も大きく変化するとともに多様化する。子ども数の減少による子ども同士、特に異年齢の子ども同士の交流の機会の減少、過保護化など、子どもの社会性ができなくなるなど、子ども自身の健やかな成長への影響が懸念される。経済面の影響は、人口が減っていて、労働力も足りなくて、社会に支える仕事が出来ない。
以上のことから、、この状況を打破するために必要だと考える措置を二つ述べていきたい。まず、子供を産むごとに国が補助金を与える等の金銭的な援助をするべきである。なぜなら、子育てには多額のお金が必要だからである。だから、子供を産みたくても、金銭的な問題で産めない人が世界には沢山いるはずだ。そういう人が子供を産めるような環境を国は作らなければならない。また、働いている女性が子育てをしやすいように、有給休暇を延ばすというのもいいだろう。夫婦共働きで、どちらかの給料が欠けると生活ができないという夫婦がいるかもしれないし、有給なら子供を産んでも良いという人もいるかもしれないからだ。
次に、子育てをする時間がない人のために保育所などをもっと増やす、すなわち、時間的援助をするべきである。そう考える訳は、今は、女性の高学歴化の時代だからだ。そのため、働く女性がどんどん増えてきている。働いている女性に子育てをする時間はないだろう。だから、もし子供を産み、子育てをするならば、仕事をやめなくてはならない。そして働いている女性は、子育てよりも仕事を取る場合が多い。こういった理由で、子供を産む人は減ってきている。だから、時間的援助をする必要があるのだ。
以上のような政策を取れば、少子化は止まるかもしれない。もし、止まらないにしても、現状より改善されるだろう。確かに少子化によって、充実した子育てが出来るなどのメリットも考えられる。しかし、全体的に考えるとデメリットのほうが多いし、少子化が原因に経済が悪化する恐れがある。これからは日本の経済を発展させていくには、若者の力が必要不可欠なのだ。だから、少子化は、高齢化と同じように、止めなければならないのだ。子供というのは、単に家族の一員ではなく、社会の一員なのだ。
参考:http://leader.jp-unite.com/shoushika-2/
教育システムの問題
教育システムの問題
最近、学歴重視に興味がわいたのでインターネットでこのテーマについて々なことを調べた。特にルーマニアとフランスの教育システムの問題について述べる。今の教育システムはあまり良くないと思っている。ルーマニア人で、18-19歳までルーマニアに住んでいた。後で、大学の勉強のためにフランスに行って、三年間ぐらいパリの都内に住んでいた。それで、両国の事態を少し知っているのでもっと詳しく話せると思っている。
Ø 原因&結果
ルーマニアとフランスの育システムは不完全だと思っている。理由を五つ見つけた。
まず、学生は小学校から高校までたくさんテストと試験がある。成績がよかったらいい学校に入れる、だからいい成績を取るために学生は一生懸命勉強する。このため、学生の精神的[1]ストレスが多いし、学生の気が重くなるかもしれない。
次に、時々学生は家族と先生にテストでよい点を取るために、重いプレッシャーをかけられている。つまり、子供のときに受けた試験が自分の将来を定めるようだ。特に両親が子供の将来をよく心配しているから、子供もくよくよしてきた。
さらに、ルーマニアで、上の学年に進むために全ての科目を合格しないといけない。学生がこの事を本当に心配しているので、たくさんストレスがある。しかし、上の学年に進むことはフランスの学校は少し違う。例えば、スポーツの成績が悪いがほかの科目の成績が良かったら、問題ない。上の学年に進むことができる。
あと、両国では国家試験でいい成績を取れば、いい大学に入れる。多くの国では国家試験がある。学生はこの試験でとてもストレスがかかる。また、この頃は自分の将来を決めているところだ。国家試験で忙しすぎるから、自分が将来にしたいことについてゆっくり考えることがなかなかできないと思う。
最後に、ルーマニアとフランスでほとんどの学生は大学院に進学することを選ぶ。なぜなら大学院を卒業しないと、いい仕事が見つかりにくいからだ。ヨーロッパの大学はほとんど ボローニャ・プロセスという高等教育[2]システムを使っている。だからルーマニアとフランスの高等教育期間は同じで、大学が三年間、大学院が二年間だ。この五年間の大学の教育方法と高校までの十二年間の教育方法はほとんど同じだ。
学生は小学校からいつもストレスがあるし、若さを楽しむことが難しくなった。これはルーマニアとフランスの現在社会ゆえの問題だから、変わりにくいと思う。
Ø 最初の解決
この悪いシステムを変わることができるために小学校から改革[3]したほうがいいと思う。 でも他の方法もある。例えば、フィンランドの学校は違う。フィンランドで試験は少ない。しかし、フィンランドで成功する学生が多い。世界ランキングでフィンランドの学生の成績はよい。
秘密は何だろうか。事な点が三つある。
まず、フィンランドの教師はエリートだけだ。毎年、フィンランドの初等教育部門[4]はすべての応募者の10%しか受け入れない。だから、フィンランドの小学校の先生は一番の一番だ。
次に、学校が九時ぐらいから始まる。普通の授業は七十五分ぐらいだれど、多くの短い休息がある。子供の注意持続時間[5]は短いからこの方法は正しいと思う。
最後は、フィンランドでテストが少ない、教師はほとんど自由に教授法を選択することができる。相変わらず教科書の通りではなくて、分かりやすいし、面白い授業を準備することができる。
子供の教育は世界の将来に影響を持っているから、教育システムを大事にしたほうがいいと思う。
登録:
コメント (Atom)











